ソファとケンカ

ソファと過ごす彩り時間

ソファとケンカ

大体の場合、ケンカして感情が高ぶるとソファがその処理対応を行う担当となっている。

時には泣いて、ソファの座るところに突っ伏す。涙が出終わるまでその状態。
時には怒って、ソファの上にあるクッションを投げ飛ばす。床に散らばったままの状態。

この年齢でケンカなんて…と思うけれど、むしろ大人になってからのほうが感情を
うまく出せるようになった分、ケンカすることも多くなった。
昔は、本当の自分を出せなくて、特に自分の弱さを他人に見られると負けた気分になって
強がってばかりいたような気がする。
いま考えると、弱い部分を見せて、それでも受け止めてもらえる自信がなかったのだと思う。

ケンカのきっかけなんて些細なもので、あってもなくてもいいようなことが発端だったり

するのだけど。

語弊を恐れず言えば、ケンカ自体は嫌いじゃない。もちろん、しなければしないほうがいいし、
言わなくてもいいことまで言ってしまったり、思いも寄らぬ相手の本音を聞いて凹んだり、

マイナスになることもある。それでも、内側に溜め込んで表面上を取り繕うよりも、

お互いに言い合って、ぶつかって、その心にあったトゲトゲを削っていく作業が好きだし、
人間関係を築いていく上で、建設的かつ効率的であるような気がする。

そうした考えの元に生きてきたので、本音で付き合える友人もずいぶん増えてきた。

その分、もちろん敵も作ってしまうのだが。

本音でぶつかって、それでも分かり合えなかった場合、関係を続けるだけしんどいし、
だとするなら離れてしまったほうがお互い心地良いのだ。
なんだか文章にすると、我ながらとても冷たく聞こえてしまうが。

よく思い起こすと、このソファの上では本当に自分は感情をすべてさらけ出して
思うままに生きているな、と思う。一番近くで見守ってくれている。

安心感、包容力、ぬくもり。

自分にとって信頼できる他人に求めるものとソファに求めるものは少し似ている。
もっとも、ソファ自体はこちらのことを、うっとおしく思っているに違いないのだが。

2012年1月12日 / タグ:[ , , ]