茅葺き屋根の下のバルセロナチェア

TOP > ソファスタイル コラム > ソファーに囲まれる生活 > 茅葺き屋根の下のバルセロナチェア

ソファに囲まれる生活

茅葺き屋根の下のバルセロナチェア

私の母方の祖父母の家は、長野県の片田舎にあります。
周囲は見渡すかぎり田畑で、遠くには北アルプスの山々が連なっています。

広い集落には50軒ほどの家いえが点在していて、その中にはまだ3軒だけ、
茅葺き屋根の家が残っています。

祖父母の家はその3軒のなかの1軒で、2人暮らしでした。
家のなかはもちろん和室ばかりで、板敷きの台所には囲炉裏があります。

祖父母はいまだにその囲炉裏端で食事をし、お茶をすすり、2人で他愛のない話をして
毎日をすごしているのです。

先代から受け継いだ生活を守り、息を潜めるようにして、静かに暮らしています。

そんな茅葺き屋根の家に、スペイン国王を迎えるためにデザインされたという、
最高級の椅子が運び込まれました。

バルセロナチェア3人掛けというタイプの椅子で、そのシンプルで且つ風格のあるデザインは、
まるで王様そのものでした。

その日は師走の慌ただしい日々のなかで、縁側の付いた12畳の奥座敷の真ん中に、
その椅子は置かれました。

それは祖父母の迷惑もを考えずに、今すぐに行くから、と、言い張った私のために用意された
椅子だったのです。

年が明けると私は、日本を離れなければなりませんでした。
仕事の関係で、5年間スペインに滞在するのです。

それまでの私は、毎年お正月になると必ず、祖父母の家へ行きました。
それは私が生まれてからずっと続いている、恒例行事でした。

縁側の戸をすべて開け放って奥座敷から眺める景色は、表現する言葉を
見つけられないほど見事なものでした。

それが来年からはもう見られないのだと思うと、いてもたってもいられなくなって
しまったのです。

だからすぐに祖父母の家に電話を入れ、列車に飛び乗ったのでした。

祖父母の家の奥座敷からの眺めは、それはそれは素晴らしいものでした。

北アルプスを背景にした集落の家いえや木々や空は、まるで縁側を額縁にした
一枚の絵画でした。

その景色を眺めながら、私と祖父と祖母の3人は、バルセロナチェアに座っていました。

どうしてこの椅子を選んだの?…と私が訊くと、スペインの王様にぴったりだからさ、と、
祖父は真面目な顔をして答えます。

その横で祖母が、座り心地がとても良かったのよ、と微笑んでいます。

2011年12月18日 / タグ:[ , , ]